シナリオ


西暦2010年4月、環浜名湖の自治体である浜松市、浜北市、湖西市、細江町、引佐町、三ヶ日町、雄踏町、舞阪町、新居町の旧3市6町が合併し、静岡県下2番目の政令指定都市「新浜名市」が誕生した。新市庁舎は浜名湖東部の庄内半島南部沿岸に置かれ、最上階の地上10階からは浜名湖が一望できる。地上に降り外に出ると、できたばかりの新交通システムの駅舎が目に入る。この交通システムは東に伸びており、浜名湖上の橋を渡って庄内半島南端と旧浜松市中心部をほぼ直線で結んでいる。さらに、庄内半島を北上し館山寺温泉まで延長する構想もある。ふと時計を見ると昼の12時をまわっている。新交通システムの駅や水上バスの発着所からは、多くの「新浜名市民」が降り立ってきている。

「丹下プラン」をご存じでしょうか。正しくは「静清地域都市開発基本計画」といい、1970年に建築家の丹下健三(当時東大教授)らによってまとめられた、静岡・清水両市にまたがる広域都市開発計画書です。このプランの骨子は、静岡駅の南部を東西に走る幹線道路(通称カネボウ通り)南側に広い並木道を確保して、静岡・清水両市を結び、その上にモノレールを走らせるというものです。さらにこれに絡む形で両市のニュータウン、中心街、有度山(日本平・久能山東照宮の北側)などをS字状に結ぶルートも造るという構想もありました。

このプランが優れているのは、静清百万都市という明確なビジョンがあり、そのためのステップとして当時開発の遅れていた静岡駅南を拠点とし、モノレールによって清水市をも含めた広域都市開発を具体的に立案しているからです。しかしこのプランは言うまでもなく実現されませんでした。都市計画は国や県の仕事という意識が両市にはあり、民間からも強力に推進する人が出てこなかったからです。

ところがここ数年、静岡・清水は両市合併して政令指定都市となることで、新たな広域都市として都市開発を推進する計画を展開しています。そのパワーは年を追うごとに強くなり、あと数年後には両市合併は実現するのではないかと思います。このような自治体合併を前提とした広域都市開発の構想は、静岡・清水だけでなく日本全国いたるところで見受けられます。近年政令指定都市になった広島市や仙台市も、近隣の自治体をくり返し合併してきました。

しかし、単純に合併して政令指定都市になればそれでよいのかというと、決してそうではないことは明白でしょう。最終的な目標は地域住民への行政サービスの向上であり、広域合併も政令指定都市もそのワンステップにすぎません。実は私自身、政令指定都市などという制度は必要ないと感じています。逆を言えば、すべての市町村が政令指定都市並みの権限を持つべきだと思います。現在の市町村の権限があまりにも弱すぎて、市町村が地域のための自治体になりきっていないのです。そもそも市と町村のような格付けも必要なくすべて市にすればよいのです。ただそうなってくると、現在の市町村が多すぎて逆に行政サービス効率が低下してくるおそれがあり、広域的な行政が必要となってきます。このページのタイトルは「政令指定都市・新浜名市」とはなっていますが、本意は地域住民のための行政であり、最終的には国全体で広域的な自治体が権限と責任をもって自らの地域を治める「道州制」や「連邦制」を目指すところにあります。

交通インフラの整備、経済圏の拡大化など、我々を取り巻く環境は大きく変化しています。その中で行政だけがずっと昔のまま変わらずでは、あちこちで無理・ムラ・無駄が生じてきます。広域行政の必要性は誰もが感じ始めていますが、まっとうな方法でこの課題に取り組んでいる自治体は、まだほんのひとにぎりではないでしょうか。「政令指定都市・新浜名市」は、いわば丹下プランの環浜名湖版です。主に交通インフラという視点からみた、今後の環浜名湖地域の都市開発や広域行政に対するひとつの提言です。

新市庁舎の前の公園には、すでに多くの新浜名市民が集まってきている。午後1時から市民あげての新市移行記念式典が開催されるからだ。かつて園芸博が開かれた跡地は広大な公園として整備され、市民の憩いの場となっているとともに庄内ウォーターフロントの一環をも担っている。午後1時を告げる花火が湖畔から打ち上げられると、市庁舎前から式典会場まで吹奏楽団による行進が始まった。その後を新市議会の議員たちが手を振りながら行進している。さながらオリンピックの開会式のようだ。ひときわ市民の拍手、歓声が大きくなった。行進の最後尾をかざる新市長が、新浜名市の旗を持って姿を現したからだ。行進が式典会場まで到達すると、新市長はひときわ高く組まれた演壇の上まで駆け上がった。そして熱狂する数千人の市民を手を上げておだやかに制し、新浜名市民憲章をうたい上げ、環浜名湖地域の新しい時代の幕開けを宣言すると、会場は再び大きな歓声につつまれた。

Copyright 1999 - 2000 by Ayumu Takahashi <takahasi@rinc.or.jp>


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